3 証拠保全手続き/医療事件は証拠保全あるのみ
証拠保全で入手するもの。
狭義のカルテ(医師診療録)、看護記録一式(数種類あることがある)、手術・麻酔記録、医師指示票、血液・血液生化学・血液ガス・細菌培養・尿等の検査票、心電図・脳波・レントゲン・CT・MRI・MRA・超音波・内視鏡等の画像検査記録や報告書、剖検記録、組織標本、レセプト控え、紹介状(診療情報提供書)、病棟日誌、医師看護師らの勤務表(タイムカード)など。産婦人科では助産記録・分娩監視記録、歯科、口腔外科では口腔模型なども加わる。
訴訟を考えているのだから、事案に必要と思われるあらゆるものを複写または撮影する。
また、前医や転院先、消防署の救急搬送記録など、訴訟相手以外(訴外)の病院が関係する場合は、弁護士照会制度を利用することが多いが、所詮は任意だ。グルだったとき、どうするね。裁判所に認められるかどうかはわからないが、僕は証拠保全がベストだと思う。
「ちなみに相手方が証拠保全によって被る不利益は存在しない反面、申立人が診療上の資料をありのままの姿で証拠として利用できなくなった場合の不利益は甚大である」(出典/患者側弁護士のための実践医療過誤/加藤良夫著/ふれあい企画発行)これは、裁判所に提出する証拠保全申立書に、著者が書く文言とのことです。
私の場合は、救急なんか特に関係ないんだから聞けば教えてくれるって? とんでもない。ある事件で、救急搬送の時間を電話で確認しようとした人がいる。電話口の相手がなんて言ったと思う? 「勘弁してください。私、妻も子供もいるんです。まだ子供は小さいんです。わかるでしょう」聞いたほうは、びっくりです。うわあ。なんか隠してる!
僕なんか、聞いてまわっただけで、訴訟妨害だって相手の弁護士に騒がれましたがね。逆だろ。妨害してるのお前らだろって。
証拠保全というのは、訴訟の準備作業で、訴訟を前提とするものです。訴訟行為の一環として、裁判所の「証拠調べ」に分類されます。「調べ」るために、証拠のブツをそろえるわけです。
しかし、医療事件の場合は、証拠保全してから、入手したカルテを調べて、それから訴訟を検討するのが普通なので、「訴訟前提」という考え方は現実的にはあてはまりません。それは裁判所も承知しています。
証拠保全は、実行に先立って、執行官が決定書謄本や申立書副本等をもって、病院にゆきます。これは執行官送達。
「こういう理由で、証拠を見るよ。立ち会ってね」って、前もって相手の承諾をとるわけです。郵便ではなく執行官が書類を持ってゆくから、執行官送達。
そして、執行官が送達完了を裁判所に電話を入れると、裁判官と書記官が「証拠調べ」という「証拠保全」をやりに裁判所を出発します。一緒に申立人である原告や代理人弁護士も行く。
ここに、予告と実行の時間差ができる。この時間が、概ね1時間から1時間半。30分、40分の場合もある。相手の診療時間や昼休みの時間帯は要検討。証拠保全は、任意開示と比べれば「奇襲」だが、予告はきちんとする。これは「直前送達」と呼ばれる方法。奇襲でもなんでもないんだよな。
この時間差を回避するための方法が「同時送達」書類を持った執行官と裁判官が同時に病院にゆく方法。もうどれを選べば良いかわかりますね。
それでも、以下の理由で、ブツが出てくるのは遅くなる。あくまでも強制捜査じゃないんです。
現実問題として、病院も、カルテを出さなきゃいけない。保管場所から出しておかないといけない。すぐに診療記録の全てが出せるわけではない。カルテと看護記録、フィルム類が同じところにあるとは限らない。出勤簿と手術のビデオ録画が同じところに置いてあるわけがない。最近のものならいいが、何年も前のものなら、倉庫を探すだけで大変。
病院は、裁判官や書記官らが来るまでの間に、あるいは待ってもらっている間に、大急ぎでカルテを「点検」する。損保弁護士を呼ぶ場合もある。
「点検」なんかされたらいかんのです。証拠保全は、本当は医療事件には不向きな手続きなんです。現場で待たされることもある。待たされても、「今探しております。職員も少ないので、もう少しお待ちください」
あなたが病院なら、こういうときどうしますか? 僕が担当医なら、さっと問題箇所の頁を落とします。紛失です。しようがありませんよね。どういうわけか、ないんですから。「あれ。頁が抜けていますか。すいません。ここに綴じてあるはずなんですが。どこへ行ってしまったのか……。いや。誠に申し訳ございません」
で、実際に多くの人がこれをやられています。
僕もその事例に接しました。急変した検査の部分だけ、カルテがないのです。んな、馬鹿な。(この事案は和解。死亡で3500万円)
そんなカルテで、どうやって因果関係を立証したのでしょうね。
医療現場で何をどうしたのか、全くわからないんですよ。