ammsa

Apple Medical Malpractice Support Association for Victims and Families

青い鳥 トップページへ戻る > 1 闘いの前に >

1-2 裁判への誤解と幻想/裁判所は弁論大会の会場にすぎない

 多くの人が裁判とは一切無縁で一生を終える。だから、知らない。
 これは医療過誤だと考えて、裁判所に調べてもらおうと思っている人は多い。それは大きな間違い。裁判所は何もしない。

 裁判所は「証拠調べ」を行う。この「証拠調べ」とは、双方から出された証拠を天秤にかけるだけで、どちらがより「もっともらしいのか?」の感想を言うだけのことなのです。その感想が判決です。うまく嘘をつけば、嘘をついたほうが勝ちます。真実とは関係がありません。裁判は弁論大会にすぎないのです。

 真実を調べるのは原告自身です。だから医療裁判は大変なのです。民事裁判とは、そういうものです。刑事裁判なら、警察も検察官もいる。調べる権力ある。でも、民事は、なんの権力も持たない原告の仕事。

 医療専門弁護士がいる? 馬鹿言っちゃあいけない。それで万事解決するなら誰も弁護過誤を騒ぎはしない。自分は大丈夫? んなわけない。医療過誤事件で弁護過誤を経験していない人は、おそらく1%以下です。もちろん、そこでは原告自身の誤解も多く含まれている。他人に妙な期待をするからそういうことになるのです。医療過誤裁判で原告が怒髪天を衝くのは、多くが原告側の弁護過誤です。

 医療事件において、賠償責任のあるなしには、判定の基準があるわけではない。これまでの判例があるにせよ、医療事案というものはひとつひとつが微妙に違う。基準などないと思って頂いて間違いはない。だから医療裁判は特殊なの。
 窃盗の場合、あいつが盗ったからモノはなくなった。モノがなくなったのはあいつの責任である。実に明解である。でも、医療の場合は、はじめから病気や怪我という損害がある。治ったかどうかは誰にもわからない。

 しかも、賠償の考え方の基本は、交通事故の損害賠償にある。交通事故があるのとないのと医療過誤の有り無しを一緒にしてるから、考え方が揺れ動く。交通事故は保険金が一律に出るでしょう。実際はそうでもないんだが、なんとか救済の形式ができている。まして、どうせ死ぬはずだったから、賠償金は安くていい? そう考えている人がいるのです。患者は、体調が悪いから病院に行くのでしょう。あいつが殺したんだろが。そんなのを減額の対象にされてたまりますかいな。

 はっきり言って、基準を決めるのは自分自身なのです。どんなに酷い医療過誤でも、その病院を選んだ俺が馬鹿だったと自己責任にするのもひとつの道。訴えなければならない義理はない。

 たいていの場合、原告には、真実を明らかにしたいという願いが伴う。
「納得できる説明が欲しい」「過誤を認めさせたい」しかし、そんな考えで裁判をやるからおかしくなるのです。裁判なんかやらなくたって真実は見つけていないといけない。真実を見つけてから、裁判を闘うのです。逆に考えていたら、あなたは失望するだろうし敗訴するでしょう。

 妙なことを言うと思われる人がいるでしょう。それは裁判を勘違いしています。繰り返しますが、裁判は弁論大会です。嘘を言ってもバレなければ平気なんです。
 カルテにはこう書いてあるが、実際はこうだったのだ、と言われて、あなたはどこまで反証できるだろうか? やってた本人がこうだったと証言しているのだ。そんなのどうやって「嘘カルテだ」と、ひっくり返すのですか? 証人もいるし証拠もある? さて。どこまで通用するでしょうね。それでも敗訴している人はたくさんいます。

 米国の知人が言っていました。大統領候補の不倫が問題となった。でも、それは、不倫が問題なんじゃなくて、裁判で偽証したことが問題なのだそうです。それほどまでに、偽証することが人間として罪深いものとされるのだそうです。日本は違います。勘違いしないでください。日本の法律では不利な証拠は見せなくてもいいのです。

 裁判官も弁護士も医療の専門家ではない。自分自身で調べてみればわかる。「こんな論文なんか絶対にあの医者は読んでいない」と思えるような医学論文を読むことになります。その時間と労力がどれほど大変かを実感するときがくる。いくら裁判官や弁護士が優秀な人たちで、自分よりはるかにたくさん読み込める能力があるとしても、そんな時間が彼らのどこにあるのですか?

 あなた自身が医学的な検討をして、それを裁判所に示して「裁判官は真実を認めなさい」とやるのです。被告の病院や医師に対してではありません。それが医療訴訟です。そういう姿勢が必須です。

 そんなこと言われても、私にできるのかしら。わかっています。なんせ医療事件です。無理は承知です。後遺症で苦しみながら、看護で苦しみながら、また、一家の稼ぎ頭を失って生活に困窮しているときに、最愛の人を失って真っ暗闇にいる人に、そこまで要求するんかいな。
 でも、医療訴訟の原告はそういう立場に置かれます。みんな死に物狂いで勉強するのです。こんなことなら、ひょっとして俺は東大に合格してたかもしれんなあ。そのくらいみなさんやっています。医療過誤の原告が集まれば、医師国家試験が解けるのです。
 やるしかありません。もちろん、相応の犠牲は覚悟してください。

 この文章は長くて読みづらい? あなた。医療裁判は無理です。諦めてください。