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Apple Medical Malpractice Support Association for Victims and Families

青い鳥 トップページへ戻る > 1 闘いの前に > 1-2 裁判への誤解と幻想 > 

1-2-3 素人の意見など誰も聞かない

 医療裁判が特殊なのは、原告自身の意見が通らないのからです。だって、医学的な問題なんですから、素人の意見にはなんの価値もありません。
 あなたの意見を、医者に意見書(私的鑑定書)で書いてもらって、ようやく裁判の舞台に立てるのです。あなたの代わりに医者を裁判所に呼んできて、はじめて主張を聞いてもらえるのです。
 あなたに協力する医者は、あなたが探して、あなたが説得して、あなたが札束を渡して連れてくるというわけ。でも弁護士がいる? 頼ったらあなたはたいてい負けるでしょう。

 裁判所には、医療を調べる能力はありません。裁判は弁論大会なんですから、調べる必要などありません。双方の主張を聞くだけです。
 刑事裁判では、検察という調査というか捜査機関がありますが、医学がわかるわけでもなし、医学調査をやる人などいません。やってもらわないといかんのですが、警察や検察こそが危険なのです。
 だって、彼らは医療を調べる機関なんかもっていませんよ。いるのは、監察医だけです。それは法医学です。「死んでます」と確認するのが仕事です。そして彼らは殺人死体が専門なんです。それも極めて貧困な状況にあります。もとより医療過誤がわかるわけではありません。
 しかも、あいつらにやらせたら最後、あなたは診療録を見ることもできない。まあ、カルテくらいは公判に出すだろうが、起訴後でないと駄目。不起訴なら、全ての証拠はお蔵入りです。
「みんな警察にしゃべりました。聞きたいことがあったら、警察に聞いてください」これは、刑事事件の仕組みをみんなが知らないからなんです。そんなこと言ったって、警察も検察も見せませんよ。捜査資料なんですから。公判では有罪証拠のみを開示。まして不起訴ならば、見せちゃいけないんです。民事事件にとって、彼らはただの現場荒らしなのです。

 しかし、司法解剖をするのは彼らでもあります。そして、その結果に対して、裁判所の信頼度は絶大です。犯罪の証拠をつくるところだからです。疑っていたら、裁判なんかできません。もともと解剖医の意見に異を唱えるのはタブーです。これ以上検討のしようもない、やりなおしがきかない最終工程、最期の見立てなんです。
 監察医務院の所見は、誰がなんと言おうと不動なので、原告有利か被告有利か、諸刃の剣ということです。

 裁判所が医者を連れてくる鑑定というものはある。けれど、その医者はあなたの主張の通りに意見するわけではない。自分の意見を言うだけです。
 私の言うことは真実だから、大丈夫かって? 冗談じゃない。みんな裁判所鑑定で敗訴するのです。

 そのような状況のなかで、あなたは、医療裁判を通して、真実と誠意と正義を賭けて、腐った世の中と闘うのです。